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「雨・赤毛」 サマセット・モーム 新潮文庫

短編集。モームの代表的な短編である「雨」と「赤毛」ほか1篇が収録されている。

「雨」は,重苦しく憂鬱な雨と宿の中の陰鬱な事件,「赤毛」は,南の島の大自然と激しい恋愛。このように,自然描写とストーリーの内容とのリンクがとても上手くいっていて,自然描写がそのまま登場人物の心情描写にもなっているような感じを受けた。だからかもしれないが,どちらも短編小説であり文章量は少ないながらも,密度が濃く感じられた。

どちらのストーリーも,最後に意外性のある結末をもって終わっており,メリハリがついている。個人的には「赤毛」の,娘の一途な恋の経過と,それに翻弄され続けた主人公のやるせなさを描いた部分が非常に面白かった。

良質な短編小説だと思う。オススメです。


<オススメ度>★★★★★
# by komuro-1979 | 2006-11-18 17:33 | イギリスの小説

「2days 4girls」 村上龍 集英社文庫

(あらすじ)
心が壊れてしまい捨てられた女性たちを預かって,「オーバーホール」すること(女性を立ち直させるという意味)を仕事とする主人公。そんな仕事をするなかで預かった一人の女性(ミユキ)が,「明日からここに住みます」というメモを残して立ち去った。彼女を探して広大な庭園をさまよい歩く主人公であったが・・・。

ミユキを探して庭園をさ迷い歩く現在の視点から,かつて主人公がオーバーホールをした女性たちのことを振り返るという構成をとっており,場面が現在と過去を行ったり来たりするのだが,どうもそれがうまく行ってないように思える。

まず,庭園をさ迷うシーンは,風景描写も心情描写もどこか中途半端で退屈に感じた。そもそもどういう経緯でこの庭園をさまよっているのか,この庭園は何なのか,などが一切謎にされたうえ,その謎と,「距離感がなく,いくら前に進んでも先に進んでいないように感じられる」といったような描写と併せて,いわば夢の中の不思議な世界のようなものを表現しようという狙いで謎に満ちた雰囲気を描写しているのだろうが,読んでいるほうとしては,ただただ,わけが分からず疲れるだけだった。
女性の回想シーンは面白いのに,そこでの盛り上がりが,突如はさまれるこの退屈な庭園のシーンでぶつ切りにされてしまい,小説にうまく感情移入できなかった。

回想のなかで女性が4人登場するのだけれど,330頁の中で4人の女性のこと深く描写するのは困難であり,それぞれの女性の個性が十分に掴めなかった。
また,小説中,「自分の葬式を眺める方法が一つだけあるのだと彼女は言った。」という件が何度も出てきて,期待を煽るにもかかわらず,最後に明かされるその方法はやや期待はずれであり残念だった。

ラストも良く分からなかった結果,全体として何が言いたいのかよく分からず,素材自体は面白いのにそれが十分に生かされていない気がしたというのが正直な感想だ。


<オススメ度>★★★
# by komuro-1979 | 2006-11-13 22:21 | 日本の小説

「かまいたち」 宮部みゆき 新潮文庫

(あらすじ)
時は江戸時代。人々は神出鬼没の辻斬り「かまいたち」に恐怖していた。
そんなある晩,街医者の娘であるおようは,辻斬りの現場に遭遇してしまう・・・。
表題作である「かまいたち」の他,短編時代小説を3作品収録。

「かまいたち」について。
ミステリー小説でありながら,登場人物のうち誰が「かまいたち」なのかが序盤で分かるうえ,その後の展開も読めてしまう。巻末の解説によると,「(このように「かまいたち」が誰か序盤で分かってしまうのに)読者が最後まで引き付けられていくのは,おようの心情が丁寧に描かれているからである。」とされている。

しかし,こういったおようの恐怖や焦燥感などの心情は,やはり,「かまいたち」の正体が最後まで分からず,今後ストーリーがどう展開するか分からないといった状態で始めて,読者に真に伝わってくるものであり,小説序盤から展開がすっかり読めてしまい,ハッピーエンドが約束されている状況では,おようの恐怖など茶番にしか見えず,緊張感がなくなってしまうように感じた。その点で,この小説は損している気がしてならない。

この「かまいたち」も,他の作品も,そこそこ面白いのだが,読んだ後に格別印象に残らない。
通勤・通学のときなどのちょっとした時間に気軽に読むのに適した短編集だと思う。


<オススメ度>★★★
# by komuro-1979 | 2006-11-05 23:26 | 日本の小説

「手紙」 東野圭吾 文春文庫

(あらすじ)
強盗殺人の罪で服役中の兄を持つ主人公。この兄の存在それ自体が
主人公の夢や恋,就職など,人並みの幸せを奪ってゆく。
一度は自暴自棄になった主人公も,家族ができたことを機に,
差別と正面から闘うようになったのだが・・・。

身内に凶悪な犯罪者を持つことが如何なる苦労を伴うかということを,
主人公と共にその過酷な運命をたどる事によって,嫌と言うほど味わわされる。
「罪を犯したのは自分ではない。」という理屈は通じない。
冷たい世間の現実というものを淡々と描いており,
「最初は差別されたけど,正々堂々と,自分なりに努力していくうちに,
いずれ周囲も兄と自分を切り離し,受け入れてくれました。」といった,
安易なハッピーエンドで終わらないところが,リアルで素晴らしかった。

主人公は,自分の家族を守るために,兄との関係性に対して一つの結論を出す。
その結論の内容はこの小説の見せ場であることは間違いないが,
それよりも,犯罪を犯した兄の更生過程というものが一番の見せ場であると思う。
兄はこの小説では,犯罪を犯した当初から罪を後悔し,弟に対して欠かすことなく
近況報告と謝罪の意を込めた手紙を送り続ける存在として登場する。
誰の目にも彼は罪を犯したことを悔いており,その更生は確かなように思える。
しかし,小説終盤に至り,彼は自分が真に更生していなかったことに気づくのだ。
そこに至る過程が非常に面白かった。

ストーリー展開において,話を盛り上げるためにやりすぎとも思えるところ(バンド,失恋)が
あったことは事実だけど,難しいテーマに正面から立ち向かっていることに好感を持てた。
面白い小説だと思う。
昨日公開された映画,観に行ってみようかな。
(でも小説を映画化したやつって,大概つまんないんだよな・・・。)


<オススメ度>★★★★★
# by komuro-1979 | 2006-11-04 22:27 | 日本の小説

「真夏の死」 三島由紀夫 新潮文庫

著者が自ら選んだ短編集。11作品が収録されており、
巻末には作者自身の作品解説がある。
すべての作品をレビューするのは大変なので、
本の題名に採用された、「真夏の死」についてのみレビューします。

「真夏の死」は、伊豆今井浜で実際に起こった水死事故を下敷きに、
過酷な宿命と、それを克服したあとにやってくる虚しさの意味を作品化したもの。

ストーリーの展開として、まず冒頭に衝撃的な事件の発生を描き、
その後で、残された家族が事件と向き合い克服していく過程を描くという構成をとっている。

このような特徴的なストーリー展開について、巻末の解説によれば、
作者はいかに読者を退屈させないかという点に心を砕いたらしいことが読み取れる。
しかし、残念ながら、作者が危惧したとおり、冒頭の事件の衝撃があまり強すぎた結果、
それとの対比により、その後の経過についての描写が短調なものに感じられてしまい、
やや退屈してしまった。

また、この短編のテーマは、ある過酷な恐ろしい宿命を克服すると、虚しさを感じてしまい、
新たな(恐ろしい)宿命に飢え始めてしまう点にあったようだが、
僕はそういう人間の業みたいなものよりも、むしろ、
人がある悲劇を体験したときに、いかにそれと向き合っていくか、
時の経過が心の傷にいかなる影響を及ぼし、人はどう変わっていくのか、
そういったことのほうに目を奪われた。

結局、作者の意図したような読後感は得られなかったが、
自分なりに楽しめたと思う。

他の短編で面白いと感じたのは、
病気の進行につれて人生観や芸術観が変化していく様子が面白い「貴顕」ぐらいで、
ほかはイマイチだった。


<オススメ度>★★★
# by komuro-1979 | 2006-09-24 23:14 | 日本の小説