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「博士の愛した数式」 小川洋子 新潮文庫

(あらすじ)
交通事故による脳の障害によって、80分前までのことしか記憶が持たない(数学)博士。
そんな博士の下に家政婦として働きに来た主人公およびその息子と博士との、
親愛の情に満ちた物語。

一見、無機質で単なる道具に過ぎないように思える数字や公式。
それが博士の手にかかると、その一つ一つに意味や表情を与えられて血が通い、
人間的な温かさのようなものさえ感じられるようになる。
それは不思議な驚きであり、まるでマジックを見ているようだった。

博士のその数学的センスのみならず、その心の温かさも、とても魅力的だった。
主人公の息子に対する慈しみの念の強さは感動的だったし、
物語終盤の、博士と成長した息子との友情は、涙を誘った。
自然描写や状況描写もうまく、よくできた小説だと思う。

ただ残念だったのは、未亡人についての描写が少なく、その人間像と掴めなかった上に、
博士との関係も曖昧で、その結果、この物語における未亡人の位置が宙に浮いていたように
感じられたことと、僕は野球には全く関心がないので、この小説の核をなす阪神ネタにピンとこなかったこと。
江夏って言われても名前ぐらいしか・・・。


<オススメ度>★★★★
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by komuro-1979 | 2006-08-27 22:54 | 日本の小説

「けものみち(下)」 松本清張 新潮文庫

上巻・下巻を通じて思うのは、
絶対的な善人がいないということ。
民子の周辺には、悪人・小悪人がたくさんいて、
それぞれが自分の利益のために他人を陥れたり、相互に利用しあっている。
刑事すら例外ではない。そこが新鮮だった。

また、準主人公的な人間が、あっさり死んでしまうのも新鮮だった。
このように新鮮なのはいいのだが、
悪人だらけ&あっさり死亡のストーリーのせいで、
登場人物にあまり感情移入できなかったのは残念だ。

民子は、得体の知れない権力にすり寄って、
寛治のいる苦しい生活から抜け出し、
上昇できるだけ上昇しようとした。
しかし、結局、その強大な権力の全貌を掴むことはできず、
ただただ翻弄され、悲惨な結末を迎えることになってしまった。

民子にとっては、小滝の申し出たあの方法しか、
苦しい生活から逃れる術はなかったのだろうか。
あの方法を選択したことは正しかったのか。
最後まで読んでみて、小説の最初に書かれた「けものみち」の定義、すなわち

「カモシカやイノシシなどの通行で、山中につけられた小径(こみち)のことをいう。
山を歩く者が道と錯覚することがある。」

という一文が、改めて頭に思い浮かんだ。

・・・
面白いことは面白いのだけれど、それほど熱中できなかった。
それは、登場人物たちに感情移入できなかったせいだろう。
上に書いたとおり、準主人公的人物があっさり死ぬし、
主人公である民子については、同情はできるが、
性格的にあまりに小市民っぽいせいで(そこがリアルといえばリアルなのだが)、
好きになれなかった。

また、ストーリー的にも、民子の生活は、特異な環境に置かれているというだけで、
平坦といえば平坦な生活であるし、民子の周囲の人間の謎も、
解明されてみると、それほど大したことではないなと感じてしまった。
あれならば謎は謎のまま終わらせたほうが、
民子を取り囲む権力の不気味さ・強大さが際立ったのではないかと思えてしまった。


<オススメ度>★★★
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by komuro-1979 | 2006-08-09 01:20 | 日本の小説

「けものみち(上)」 松本清張 新潮文庫

(あらすじ)
割烹旅館で働く31歳の民子は、病気で性格のゆがんだ夫・寛治に縛られ、
肉体的・精神的に疲労し、日々の生活に耐え難くなっていた。
そんな中、旅館に客として来た小滝に、寛治を殺害して権力の世界に
飛び込んでみないかと誘われる・・・。

寛治が民子に執着する様子の気味悪さといったらない。
今まで読んだ小説の中で、間違いなく一番気味の悪い登場人物だ。
世間から蔑まれ、同僚の嫉妬ばかりの職場で働き、家に帰れば寛治がいる。
そんな環境にいる苦痛を想像すれば、
「けものみち」を選択した民子を責められない気がした。

小説の構成としては、民子の周囲を囲む謎を、
民子自身の体験によって解明していくのではなく、
民子を追う刑事の視点から解明していくという構成になっているのが面白く感じた。

民子が身を寄せた屋敷の主(鬼頭)は一体、どんな人間なのだろう?
鬼頭と秦野と小滝、それぞれの関係は?
民子の周りを取り囲む謎が次第に明らかになっていく展開に、目が離せない。
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by komuro-1979 | 2006-08-07 00:51 | 日本の小説

「潮騒」 三島由紀夫 新潮文庫

都会から離れた南の小島での、純真な若者たちの恋の物語。

さわやか過ぎる恋愛小説。
恋愛につきもののドロドロした部分が全くない。
登場人物たちの心の葛藤などの描写は、とてもあっさりとしていて、
風景描写も、いつも感じるような三島独特の分析的美しさというものが影を潜め、
簡潔に表現されている。

なので、詳しい心理描写や自然描写を伴い、
どこかダークな感じがする三島由紀夫の他の小説とは、
だいぶ異なった印象をうけた。
読んだ後に清涼感を感じはしたが、やはりどこか物足さを感じた。


<オススメ度>★★★
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by komuro-1979 | 2006-08-06 15:58 | 日本の小説